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KANOSUKEを紐解く Vol2 : 焼酎蔵から生まれた、新しいポットスチルウイスキーの物語

KANOSUKEを紐解く Vol.2: 焼酎蔵から生まれた、新しいポットスチルウイスキーの物語

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“MELLOW LAND, MELLOW WHISKY”をコンセプトにウイスキー製造を行う嘉之助蒸溜所。その裏側にある技、土地、そして人の想いを紐解くストーリーシリーズ 「KANOSUKEを紐解く」 の第2回をお届けします。

今回スポットを当てるのは、2023年12月の発売以来、「クセになる」「焼酎蔵ならではの味わいが面白い」と話題を集める、新ジャパニーズスタイルのポットスチルウイスキー 「嘉之助 HIOKI POT STILL」。 その誕生の舞台は、140年続く本格焼酎製造を行う、KANOSUKEの母体である小正醸造の焼酎蔵・日置蒸溜蔵。「粉砕機も糖化槽も、ましてや銅製のポットスチルがない焼酎蔵で、どうやってウイスキーを造るのか?」そんなチャレンジから始まった、焼酎蔵でのウイスキー製造。コロナ禍、2020年、ウイスキー製造免許を取得し、ステンレス製単式蒸留器でつくる“まったく新しいウイスキー”への挑戦が始まりました。焼酎づくりの技と精神がどのようにウイスキーへと受け継がれていったのかを、 日置蒸溜蔵・蔵長/マスターブレンダー 枇榔(びろう)誠が語ります。

 インタビュー: 日置蒸溜蔵・蔵長/マスターブレンダー  枇榔(びろう)誠 

◆ 焼酎蔵だからこそ生まれた、“新しいウイスキー”への挑戦
◆ 焼酎設備 × 職人の工夫が導いた、独創的なポットスチル蒸留
◆ バーボン樽 × メローコヅルの熟成知見が育てた、力強い酒質
◆ ブレンド用原酒の枠を超えた「嘉之助 HIOKI POT STILL」という新しいスタイル

Q1. 焼酎蔵でのウイスキー造りへの挑戦について、きっかけは?

枇榔:
この構想を描いたのは、嘉之助蒸溜所の創業者・マスターブレンダーの小正芳嗣です。 嘉之助蒸溜所のシングルモルトに、焼酎蔵・日置蒸溜蔵で生まれる原酒を組み合わせ、「二つの蒸溜所によるブレンデッドウイスキーをつくる」という、挑戦的なビジョンを持っていました。
その実現に向けて日置蒸溜蔵に託されたのは、「焼酎の技術を活かし、新たなウイスキー原酒を生み出すこと」。
私たちはその想いを真正面から受け止め、焼酎蔵だからこそ生まれる発想と技術で、そのミッションに応えようと考えました。

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Q2:新しいウイスキーへの取り組みはどうやって始めたのでしょうか?

枇榔:
2020年、焼酎蔵「日置蒸溜蔵」がウイスキー製造免許を取得しました。
古くから焼酎造りを続けてきた蔵でのウイスキー造りは、設備上の制約が大きい中での挑戦でもありました。一般的なブレンデッドウイスキーに使用される「グレーンウイスキー」造りには、粉砕・煮沸・糖化・発酵設備に加え、連続式蒸留器が不可欠とされています。しかし日置にあったのは、焼酎造りで使う開放式の発酵タンクのみ。新たな設備の導入も検討しましたが、最終的には「できる限り自分たちの既存の設備で挑む」という方針に決まり、杜氏・大牟田と共に製法設計に着手しました。
粉砕機も糖化槽もない蔵で、どうやってウイスキーを造るのか?
その問いから始まった試行錯誤の中で、私たちは教科書的なウイスキー製法だけでなく、酒税法上の定義まで立ち返りました。
すると、焼酎蔵にある設備の多くが、ウイスキー造りにも十分応用可能であることに気づいたのです。長年培ってきた焼酎造りの経験値が、むしろ新しい発想を後押ししてくれました。

「嘉之助 HIOKI POT STILL」の原酒で使用するのは、殻を取り除いた未発芽の大麦。これは麦焼酎で馴染みのある原料であり、発酵のための環境も整っていました。
さらに、モルトの個性を引き立たせるクリアな酒質を生む蒸留では、常圧・減圧を切り替えられるステンレス製蒸留器が力を発揮しました。
唯一不足していたのはモルト粉砕の工程です。さすがに石臼で挽くわけにもいかず(笑)、ここだけは移動式ミルを導入。焼酎製造の閑散期、ウイスキーの仕込み時にだけ姿を見せる、まさに“季節限定の機械”となりました。
思えば、もし当時潤沢な資金を投じ、セオリー通りの設備を最初から揃えていたら――。
今の「嘉之助 HIOKI POT STILL」のような独創的な酒質は生まれなかったかもしれません。制約があったからこそ、焼酎の伝統を糧にした工夫が生まれ、革新的な結果へとつながった。 日本の焼酎文化を出発点に、発酵や蒸留のあり方を突き詰めていった先で、私たちは結果として、アイリッシュウイスキーが長い歴史の中で培ってきたポットスチルウイスキーの思想と、同じ地点に立っていたのです。

日本の焼酎文化から生まれた挑戦が、他国のウイスキーの系譜と呼応する!?
と、そんな不思議で面白い体験を私たちに与えてくれたのが、このウイスキーです。

Q3: アイリッシュの単式蒸留を意識されたとのことですが、実際にどのような仕込み・蒸留を行っているか教えてください。

枇榔:
アイリッシュのポットスチルウイスキーは未発芽大麦を使用しますが、その原料特性を意 識・解釈した上で、日置蒸溜蔵の焼酎設備でウイスキー造りを行っています。
日置蒸溜蔵でのウイスキー造りは、芋焼酎の仕込みが行われない冬から春先にかけて進めます。粉砕したモルト、蒸して冷ました未発芽大麦、水、酵母を同じタンクに仕込み、糖 化とアルコール発酵を同時に進める――いわゆる「並行複発酵」です。清酒や焼酎に見られる日本の伝統的な発酵様式で、焼酎で例えるなら「麹を麦芽に置き換えたどんぶり仕 込み」といったイメージでしょうか。

発酵に使用するのは屋外の開放式タンク。冷却用のジャケットこそありますが、加温機能はありません。鹿児島とはいえ冬場はしっかり冷え込むため、特に発酵初期にアルコール濃度を素早く高めることが重要になります。そこで、蒸した大麦の冷却温度は“規定値”ではなく、仕込み時の気温や翌日の冷え込みを見越して微調整します。こうした細やかな判断に、長年の焼酎造りで培った経験が活かされています。
含みのある言い方になりますが、「濃い」もろみを造ることも、安全な発酵と原酒特有の個性を引き出す一因になっているのかもしれません。
蒸留にはステンレス製の単式蒸留器を使用します。日置の蒸留器は減圧蒸留が可能で、もろみを真空状態で蒸留することで軽快で華やかな酒質を得ることができます。私たちは迷わず減圧蒸留を採用しました。
この減圧蒸留は、特に穀類焼酎で用いられる手法で、のちにブレンデッドウイスキーを造った際、KANOSUKEのモルトを引き立てるうえで最適な選択だったと実感しています。 軽快さと高いアルコール度を得るために、もろみと初留液をそれぞれ減圧で2回蒸留し、さらにテールは“再再留”して日置のニューメイクとします。
焼酎の尺度でとらえると「キレイなニューメイクができた!」と自画自賛したくなる出来でしたが、ウイスキーの世界には、さらにピュアで繊細な酒質(サイレントスピリッツ)という領域が存在します。
しかし同時に、私たちのニューメイクには、未発芽大麦由来のクリーミーだけど、滑らかな独自の個性があることもはっきりと認識できました。
こうして日置蒸溜蔵だからこそ生まれた酒質が、後に嘉之助蒸溜所のブレンダーを悩ませつつ(笑)、多くの愛好家の皆さまからシングルグレーンとしての製品化を後押しいただくことになります。これが、現在の「嘉之助 HIOKI POT STILL」の誕生につながっていきます。
(ブレンドの苦労話は、第3回をお楽しみに)

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Q4: 熟成では、バーボン由来の工夫も取り入れたと聞きます。ここからは嘉之助蒸溜所との共同作業ですね?

枇榔:
現在では、蒸留を終えたニューメイクは嘉之助蒸溜所へ送り、熟成が行われていますが、2020年当初は日置蒸溜蔵でも貯蔵していました。
クリーミーで滑らかな原酒に、さらに甘く華やかな香りを与えるため、まず選んだのがバーボン樽です。もう一つは、アメリカンホワイトオーク製の新樽(パンチョン)。
これは焼酎「メローコヅル」の熟成に長年使用されてきた、私たちにとって馴染み深い樽で、その実績は言うまでもありません。
ただし、45度以下で貯蔵する焼酎(メローコヅルは41度)とは異なり、ウイスキーは60度以上で貯蔵します。
そのため、これまで経験したことのない速度で熟成が進み、着色やウッディさがみるみる高まっていきました。一時は貯蔵の中断も検討したほどです。
しかし、グレーンでありながら“サイレントスピリッツ”の領域に収まらない、芯のある個性を持った原酒でした。そのため新樽の力強さに負けることなく、むしろ見事に調和する方向へと進んでくれたのです。
現在は、世界的にも評価される嘉之助蒸溜所の貯酒チームが、この原酒の“育ての親”として、「メローコヅル」の伝統を受け継ぐ貯蔵庫でこの原酒を立派なウイスキーへと育ててくれています。

Q5: 商品化の経緯について教えてください。

枇榔:
2017年から仕込みを始めた嘉之助蒸溜所のモルトウイスキーが着々と熟成を重ねる中で、“モルトの嘉之助”、“グレーンの日置”という二つの原酒を合わせ、いずれはオールジャパン、そしてオール「小正」によるブレンデッドウイスキーをつくる――。この構想は、「焼酎を世界へ」という想いを胸にウイスキーの世界へ飛び込んだ小正にとって、ごく自然な発想だったのだと思います。ただ、ひとつ“嬉しい誤算”があったとすれば、熟成を経た日置蒸溜蔵の酒質が、ウイスキー愛好家の皆さまから想像以上に高い評価と後押しをいただき、ブレンデッドより先にシングル・ポットスチルウイスキーとしての製品化が決まったことでしょう。
それが「嘉之助HIOKI POT STILL」です。
「嘉之助HIOKI POT STILL」は、原料と製法の面ではアイリッシュ、熟成においてはバーボンにも通じる特徴を持ち、定義上はグレーンウイスキーに分類されます。
しかし、焼酎の製造技術や設備を用い、「メローコヅル」で培われた熟成ノウハウも取り入れて生まれるこのウイスキーは、そのどれにも当てはまらない独自の個性を宿しています。 私たちはこのスタイルを、
“新ジャパニーズスタイル・ポットスチルウイスキー”
と呼んでいます。

Q6: 今後の新しい挑戦や、興味を持っているテーマがあれば教えてください。

枇榔:
もちろん「既存の設備を用いる」という前提は変わりませんが、その中でも私たちの今の設備だと糖化と発酵は「並行複発酵」、焼酎蔵らしい“同時進行”の発酵になっています。でも糖化温度を上げられるように設備を整えれば、もっと濃い麦汁や新しい香り造りにも挑戦できる可能性があります。
酵母選びや発酵温度の工夫次第で、日置蒸溜蔵ならではの新しいウイスキーが生まれるかもしれません。そして、原料ですが、トウモロコシをはじめとした他の穀類原料に挑戦したりと、日置ウイスキーの新たな可能性を引き続き探っていきたいと思っています。
杜氏の大牟田を筆頭に、製造現場のメンバーと“どうすればできるか”を一緒に模索する時間は、私にとっても大きな楽しみです。
実はすでに、日置蒸溜蔵の横型蒸留器や、手造り蔵「師魂蔵」の木樽蒸留機で常圧蒸留した原酒の貯蔵が進んでいます。
これらが熟成を経て、どんな表情を見せてくれるのか、今からとても楽しみにしています。

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Q7: 枇榔さんが思う「嘉之助 HIOKI POT STILL」らしさ、特に気に入っているポイントを教えてください。

枇榔:
私が特に気に入っているのは、力強いオークの香りに、バニラの甘さが重なる“甘香ばしい焼き菓子”のような香り立ちです。
「嘉之助 HIOKI POT STILL」らしいクリーミーさの中に、しっかりとした樽由来の存在感が感じられ、つい何度もグラスを傾けてしまいます。
個人的にウイスキーはハイボールで楽しむことが多いのですが、味わいにほんのりと感じられるスパイシーさが、炭酸の爽快感をさらに引き立ててくれるところも気に入っています。 軽やかさと芯のある個性、そのバランスこそが「嘉之助 HIOKI POT STILL」らしさだと思います。

(インタビュー・文: マーケティング部 PR/Communication 丹沢恭子)

プロフィール: 枇榔 誠(びろう まこと)

1982年鹿児島県・日置市生まれ。鹿児島大学農学部を卒業後、小正醸造に入社し、研究開発・品質管理に従事。 嘉之助蒸溜所の立ち上げや日置蒸溜蔵でのウイスキー製造に携わり、現在は日置蒸溜蔵、蔵長兼マスターブレンダーとして“小正のウイスキー”と“本格焼酎”の魅力を伝えている。

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